主張・コラム 「余暇」

第11回 渋谷・鹿児島おはら祭

「第11回 渋谷・鹿児島おはら祭」

 08年5月18日、久々に日曜日の渋谷に出かけ、渋谷・鹿児島おはら祭の「おはら本まつり 踊りパレード」をビデオ取材してきました。

渋谷駅前交差点近くの、シブヤ109の本部を軸に、54もの踊り連が、道玄坂通りと文化村通りのV字コースを踊り、練り歩く「踊りパレード」は、外国人観光客も目を見張るほどの大フィーバーぶり。

昨日5月17日(土)からの「プレおはら」(明治神宮会場)「おはら祭前夜祭」(渋谷CC.Lemonホール)を経て、本日5月18日(日)の「おはら本まつり」は、今朝東郷神社神殿前広場で催された薬丸野太刀自顕流演武、お昼からの「平成の篤姫さん行列」「踊りパレード」と、原宿・渋谷に丸に十の字の旗がたなびき、地元の「渋谷音頭」、底抜けに明るい「おはら節」「ハンヤ節」などの踊りで大いに賑わいました。

渋谷と鹿児島は、永い歴史とともに強い結びつきのある友好都市。

12世紀、渋谷一帯を治めていた相模の国の豪族・渋谷氏が、薩摩川内(せんだい)あたりに一族を上げて移住し、その700年後に、一族の東郷家から出たのが、東郷平八郎元帥で、東郷元帥没後、そのルーツの地である渋谷に、東郷神社が建てられたとのこと。

うっかりしていると忘れ去られてしまいがちな、こうした歴史的な結びつきを、10年前から大切に掘り起こし、改めてスポットを当て直し、各方面に頭を下げて予算を捻り出しつつ、現在の大きなイベントに育て上げていただいた発起人たちの並々ならぬ努力と苦労に、誠に頭が下がる想いの一日でした。(南虎)

(「おはら節」豆知識)

おはら祭の名前の由来と言えば、鹿児島の代表的な民謡「おはら節」。この民謡が生まれた一説として、江戸時代の初め、日向国安久(今の宮崎県都城市)の武士が陣中で唄った唄を、鹿児島の原良(ハララ)の武士が帰国後、歌詞を作って歌い始め、それが鹿児島一円に広がるにつれ、原良に"お(小)"が付いて、「小原良(オハラ)」節と呼ばれるようになったようです。

おはら節踊りの振り付けには、桜島の形や煙が表されています。

「花は霧島 タバコは国分 燃えて上がるは オハラハー桜島」

(出典:第56回おはら祭ガイドブック/第11回 渋谷・鹿児島おはら祭ガイドブック)

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